はまる仕組み!

ハマる仕組み!

国によって作られた共幻想にいきるのはもうやめよう。洗脳から解き放たれ自分の人生を歩んだ方が楽しいという価値観のもとに今日は意見をまとめたいと思う。せっかくだから何かに没頭して、楽しくいきてみたらいいね。暇と退屈から逃れることなく、積極的に楽しいを追い求めていきたいと思う。

人のルールでいきること。

あなたは決断を瞬時にできるだろうか?何か決断することにこまった時誰かに意思を委ねていないだろうか。それは人のルール、価値観でいきることである。我々日本人は正解がある教育を小学校からうけてきたが為に、どこかに正解はある、みんなと同じ道なら怖くないという考えの基にいきてしまっていることが多い、そう僕は最近感じる。

オールBが好まれる日本

僕が入社して1年目に役員にいわれたことがある”最高パフォーマンスが高い社員より、パフォーマンスが安定している平均的な社員がいい。”たしかに上に言われたことをただ遂行するだけであるのであれば、それでいいであろう。自分の考えた戦略をそのまま遂行してくれることに越したことはない。そう。結局日本の多くの会社では、そこまでしか求められていないのである。これが日本におけるシステムであり、現実であると思う。

人のルールの上にいるということ

”あれはダメ、これもダメ”、”自己認識を正しくもとうw”要するに身の程をわきまえろよ。お前はやることやっとけよw といった内容は会社の中にいても言われたことがあるのではないだろうか?自分で考えたルールではなく、人が考えたルールの上をあるきなさいという会社が多いのだ。そんなことを繰り返していては、自分で考えれなくなるもの当たり前であろう。だって、正解があって、それ以外ダメなんだもんw

自分でルールをつくっていきる

自分でルールを作ること。自分でルールをつくることで、なにかに試行錯誤をしながら、能動的な行動を続けることができるのである。そのこに没頭することへのヒントがあり、夢中になることのヒントがある。自分でルールをつくることは、思考を止めることがないのだ。ひらすら考える行為を能動的に思考をし、行動し続ける。

能動から生まれる楽しみ

受動的にやっている時より、能動的に活動している時は楽しい。なぜこんなに楽しいのだろう。これは万物に備わっている感覚なのだろうか。”人に言われたことをやってるだけでも楽しい”という人もいるだろうけど、本当だろうか。それは、”楽しいのではなく”、”人に意思決定を委ねるのが楽なだけではないか”。だからこそ、いつまでたっても、正解を追い求め、その中で自分で決定をできずに苦しみ続けてしまうのである。正解なんて存在しないのに。国によって作られた共幻想の中にいきているのである。

野球選手の例

小学校の時、”メジャーリーガーになりたい”といったら、無理だからやめなさい!という。別に野球にはまることで、野球選手になることだけが人生じゃない。野球がきっかけて、ボールの職人になるかもしれないし、より認知度を広めたいとプロモーターになるかもしれない。選択肢はいろいろなのに、野球にはまること=プロ野球選手という決められた道があると考える大人が多いのだ。残念である。

未来は予測できない

人々は未来を予測しようとする。なぜなら、損をしたくないからだ。けど、未来は誰にもわからない。確実な未来だけを追い求めるなら、それは、すでになんども再現されているなんの希少価値もない未来であろう。想定できないからこそ、それは想定外であるのだ。

希少価値の高い領域

人がまだ手をつけていない領域の価値は非常に大きい。そして希少価値の作り方は、うまいタグ付けによっても生み出すことができる。自身が希少価値の高い人間となり、うまく自分の価値をあげていく。

最後に

誰かに力をかりなくても、自分はかわることができる。虚勢をはらずにやってみたいことをやってみる。やりたくないことをやめてみる。やりたいとおもったからには、自分でルールをつくって、突き詰めてみる。そこには責任をもってはまってみる。自分の感覚を信じて、行動し続けてみてはいいではないか。考えをやめないこと。はまること。行動しなければ、何も始まらない。行動することから、すべてが始まる。想いも、情熱も行動することで、はまることで生まれてくるから。